イライラのもとは友達だと思ってたの一言

最近ネットのSNSで出会う機会が増えたのですが、10年以上文字だけでやり取りをしていたのと、実際に会って話すのでは違いがありますね。悪口を言いふらされている場合、初めて会う場合にはそちらの印象が強くなる。したがってあいつは噂どおりに悪いのだ、となるようで、会った後そうとういやがらせを受けました。町を歩いていると車が勢いつけて走ってきてひかれそうになったり、歩きスマホしながら体当たりしてぶつかって来られたり。買い物にいくと知らないオバサンらが数人で立ち話をしていて、私のほうを見ながらチラチラ見て「ああいうのがいると迷惑よね~、親の顔を見たいわ」「最低よね、失敗作もいいところよ。早く死んでほしいわ」などといわれたりします。イライラどころの騒ぎではないですが、そういったことが何年も何年も繰り返されて、今では誰かに会うたび、また悪く思ってるのか、憂鬱だなあ、と思うようにもなりました。つい先日もメールで『友達と思っていたのに、裏切られた』などといわれて、ムッと来たり。こちらにも言い分はあったものの、様子を見てからにしようと堪えました。今までのことを相談したことを後悔しましたね。だって「利用してるだけとしか思えない、それで友達と言えるのか」といわれたので。ただ事実だけを述べていただけで、なぜそこまでいわれなきゃならないのか。理不尽と思いましたね、しかも一方的に批判してくる。利用しているというよりは、向こうから聞いてきたので答えただけ。それが利用してるのか、批判の対象にされることなのか、わかりませんでした。で、やっぱりそうなのかな~、地域でも非難の対象になってるから、それで悪人扱いされてるんだろうな~、連絡はやめたほうがいいだろうと考え、それからは付き合いがありません。人間は先入観から入る生き物です。実際に会うと余計に『やっぱり、こいつは』となるのでしょう。今回のことで身にしみました。置き換えダイエットシェイクが一番調子が良いです。

高校の理不尽な体育教師の思い出

今となっては笑い話の高校のときの体育教師とのことです。
私の高校は、体育教師がかなり厳しく体育が好きな学生はひとりもいないくらいでした。
その中でも私が個人的に嫌い嫌われていた体育教師がいます。
私は1年生の冬に持久走の授業中、砂利道で膝を痛めてしまった時期がありました。怪我をして何日かは歩くので精いっぱいで階段の上り下りができませんでした。
そのため、保健室の先生がしばらくエレベーターを使っていいと許可してくださったのでエレベーターを使っていました。
持久走の授業中はみんなが走っている間、怪我をしているのでグラウンドの周りを最後の人が終わるまで歩いていました。
すると、歩いているときにその体育教師は私を呼びとめて「あんた勝手にエレベーターを使ってるでしょ」と言いました。
「怪我をして階段の上り下りが難しいので」と言うと、「担任の許可は取ったのか」と言われました。
「保健室の先生が使っていいと言ったので」と言ってその後は無視して歩き続けましたが、怪我をしているのを知ってて心ないと思いました。
なにより、その先生は私のクラスの担当じゃなくて私のことを知らないはずなのにエレベーターを使っているところまで見られて恐怖すら感じました。
2年生になり、保健のクラスがその体育教師になりました。わたしは、見返すためにもいい点を取って課題も完ぺきにこなしました。しかし、成績は5段階の4でした。
テストは毎回クラス3位や4位だったのにです。友だちは10位で課題も遅れたのに5です。
もう関わりたくないし推薦で大学行くわけでもないので親に言ったけど報告はしない方向にしました。
私も苦手な人への態度には気をつけようと少し反省した思い出でした。女性ホルモンおすすめサプリとは?

私の人生を変えた大切な高校生活

 私は関西のある高校に友達に誘われて入学しました。高校は行けばいいとだけ思っていたので、聞いたこともなかった近所の高校に入ることになりました。でも私の高校というのは普通科ではなかったので、授業その生活や考え方も今までの自分を丸ごと変えてしまうようなそんなところでした。授業も自分で選択し三年間学校で教わった事は、他人との違いを認めるという事でした。先生だけでなく生徒もたくさんの経験や考え方を持っていて、自分の知らない暮らしや世界を知る事が出来て物事の見方が変わったように思えます。その時まで私は部活動をした事がありませんでしたが、高校で所属した部活では音楽という趣味に出会い、人の上に立つことの大変さを知りました。高校生になってからは学力も上がり、始めて周りの人から凄いと褒められるようにもなりました。
 大学の第一志望に落ちた時、ショックで仕方のなかった私に担任の先生は「本当に第二志望の大学でいいのか、冬にまた受けるという方法もある。」と聞いてくれました。昔の自分なら全く学力が届いていなくても、無謀に受験していたかもしれません。それでも私は私なりの答えを出す事を三年間教わって来たので、「どこに行っても私は必ず頑張れます。私はこの大学の専攻で誰よりも頑張って、誰よりも力を身につけます。」と答えました。先生にそう宣言したので、大学では誰よりも勉強を頑張りました。そのおかげで今では専攻でトップの学力を維持する事ができています。挑戦する事だけでなく、今自分の置かれた場所で努力する事を教えてくれた貴重な高校生活だったと思います。シミウス